2013年 07月 01日

貧乏サヴァラン

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貧乏サヴァラン 森茉莉著

森茉莉、と言えば森鴎外の長女として世間では有名ですが、彼女はまた優れた随筆家でもありました。

彼女が筆を執るようになったのは50歳を過ぎてから、、、
熟練した筆裁きはやはり父親譲りでしょうか。

彼女の随筆で私が好きなのはやはり食べ物の話。
ご自身「自分は食いしん坊だから」と書かれていますが、やはり食いしん坊な人でないと、食べ物をあんなに美味しそうに書くことは出来ないと思います。

しっかりもののようでいて、どこか抜けている、少女がそのまま大人になってしまった森茉莉さんの日常をこうして読んでいると自分でもちょっと真似てみたいところがたくさんあります。

ちなみにタイトルのサヴァラン、はもちろんあのグルメの代名詞、ブリヤ・サヴァランのことです。



森鴎外、でいつも思い出すのが高校時代の恩師、M先生。
現国を担当されていて、担任ではなかったのですが、どこか馬があって、私が友人たちと文芸同好会を立ち上げた際、顧問になってもらいました。

そのM先生がお好きだったのが森鴎外。
いつだったかの授業の際、先生が「子供が生まれたら鴎外に倣って、名前を西洋風にしようと思っているんだ」とお話されたことがありました。

鴎外は子供たちに於菟(長男)、茉莉(長女)、杏奴(次女)、不律(二男)、類(三男)と西洋風の名前をつけました。
そこでM先生が考え出したのが「ザビーネ」。

生徒たちはそれを聞いて「え~!?それじゃ子供がかわいそうですよー」と絶叫(笑)

もちろんその後誕生された息子さんにはもっと普通の日本人の名前がつけられてました。
奥さんに反対されたに違いないです^^;

M先生とはその後も年始のやり取りをしていましたが、昨年頂戴したお便りにご病気を患っていて入退院を繰り返されているとのことが書かれていました。
その後私もお見舞いのお便りを出しましたが、お返事はなく、今年はとうとう年始のお便りも頂けませんでした。

日本にいれば、、、と思うことがたびたびありますが、この時ほどその思いが強まったことは今までありません。
先生から教わったこと、影響を受けたことは本当にたくさんありました。
私が映画が好きになったのも(特にルキノ・ヴィスコンティ!)演劇や文学に目覚めたのも、樺美智子と言う名前を知ったのもすべてM先生のお陰です。

思春期に受ける影響って本当に大きいですね。
その後の一生を通じて好きであり続けるものと出会えたことは、M先生との幸せな邂逅であったと感謝に尽きます。
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by jamieoliverlove2 | 2013-07-01 00:00 | Book Club


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